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足立簡易裁判所 昭和42年(ろ)248号 判決 1969年9月30日

主文

被告人を罰金八千円に処する。

右の罰金を完納することができないときは金五百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

被告人は、昭和四十二年九月六日午後三時五分ころ、東京都公安委員会が道路標識によつて最高速度を四十キロメートル毎時と定めた東京都足立区上沼田町千五百番地附近道路において、右最高速度をこえる六十キロメートル毎時の速度で普通乗用自動車を運転したものである。

証拠(省略)

(被告人及び弁護人の主張について)

被告人が、本件足立区上沼田町一、五〇〇番地附近道路(いわゆる環状7号線道路)を通行したのは、同道路に至る前谷在家町方向から阿弥陀橋方向に進行し環状7号線と交わる道路(いわゆる阿弥陀橋交差点)に進入し、同交差点から右折進行したもので、当時同交差点前方右側すなわち西新井方面から鹿浜橋方向に至る道路左側に設置されていた最高速度指定の道路標識の標示板が屈曲しており、同標識に掲出されていた規制速度表示の数字中末尾の「0」の文字だけしか認められない状態にあつたもので、その指定速度が何キロメートル毎時なのか不明のものであるから、公安委員会による有効な規制処分がなされていなかつたものであると主張するので按ずるに、右東京都公安委員会の処分による道路標識の設置されてあつた位置は、第一回乃至第三回検証調書中の記載、被告人の当公判廷での供述、証人小川良男の各尋問調書中の供述記載によつて、前記各検証調書添付図面のとおりであることが認められ、右道路標識の状態は、検察官事務取扱検察事務官志賀正志作成の現場写真撮影報告添付写真中<2><3><4>及び被告人提出の写真中(1)(2)(3)を総合すれば、その左右両端が屈曲していたことが認められる。然し、前示各証拠を検討すれば、環状7号線を直進する車両の運転者には、その規制内容を標示する標示板、すなわち、道路標識、区画線及び道路標示に関する命令(昭和三五年一二月一七日総理府、建設省令第三号)に規定する様式に従う「40キロメートル」車両の種類「高・中速車」、「都内全域(これと異なる指定区域を除く)」とする道路標識の全面を充分に認め得る道路標識の存在することが認められるので、東京都公安委員会による高中速車に対する最高速度四〇キロメートル毎時とする有効な道路通行の処分がなされていたことが認められる。

進んで、被告人のいう谷在家町方面から阿弥陀橋方向に進行する車両が阿弥陀橋交差点から右折進行する場合、右道路標識が車両の運転者に容易に認め得るものかどうかについて考えるに、先ず、右道路標識の設置されていた阿弥陀橋交差点附近の道路の状況について検討して見るに、谷在家町方面から阿弥陀橋方向に至る道路と、本件環状7号線道路とが交差する阿弥陀橋交差点は正十字路交差点ではなく、環状7号線道路を基準とすれば、それを稍斜めに横断する変形交差点であり、その状態は、第一回乃至第三回検証調書添付図面のとおりである。そして、被告人の当公判廷での供述、第二回公判調書中の証人小川良男の供述記載、第二回検証調書中の記載、証人板倉実の尋問調書中の記載、第三回検証調書中の記載、証人町井健男の尋問調書中の記載をそれぞれ仔細に綜合検討すると、本件当時、環状7号線道路は、中心線より南側部分は、舗装工事が完了し一般通行の用に供せられていたが、北側部分は路盤の鎮圧作業を終えたまま未完成の状態にあり、右北側未完成部分と南側工事完了道路との間には約二八センチメートル位の落差があり、その状態は、証人板倉実、同町井健男に対する各尋問調書中の供述記載によれば、本件環状7号線道路の路盤改良の鎮圧作業は昭和四十二年三月ころ一応終了し、その後同年十一月ころ本工事着手まで作業を中止していたことが認められるので、本件当時の状態は、同年十一月十五日に現場写真の撮影をした検察官事務取扱検察事務官志賀正志作成の現場写真撮影報告添付写真<1><2>のとおりの状態であつたものと認められ、該未完成部分は、道路として一般の通行の用に供せられていなかつたことが認められる。ただ、前示証人板倉実、同町井健男の各尋問調書中の記載を総合すると、環状7号線道路の工事完了道路から北側工事未完了道路部分を通じて往来を要する車両の交通ならびにその安全を期するため、第二回及び第三回検証調書添付図面表示のように、北側工事未完了の落差部分調整のため平坦になるよう砂利を敷きいわゆる取付道路を設置してあつたことが認められるので、該部分に限り一般交通の用に供せられた道路といえ、従つて、右は谷在家町方面から阿弥陀橋に通ずる道路の一部と認めるのが相当である。

そこで、阿弥陀橋交差点附近道路の状態は右認定のとおりであるから、阿弥陀橋交差点の範囲は、北側は、別紙図面(第三回検証における見取図と同一)中の、同交差点東側環七通りグリンベルトと記載ある地点と同西側グリンベルトとある地点とを直線に結んだ線(取付道路の南側端)に相当するので、同図面の斜点線内の部分というべく、そして、自動車等が交差点において右折通行する場合には、道路交通法第三四条第二項の定むるところにより、あらかじめその前からできる限り道路の中央に寄りかつ、交差点の中心の直近の内側を徐行しなければならないこととされているところから、谷在家町方面から本件交差点を経て鹿浜橋方面へ右折通行する場合には同図面表示◎に相当する中心の直近の内側を徐行して通行することを要することとなる。

ところで、第三回検証調書の記載によると、被告人が本件当時右交差点を右折通行した経路についての指示説明によれば別紙図面<1><2>の地点を通行したといい、右指示による本件道路標識に対する見透しの状態は、同検証調書添付写真(五)(六)のとおりであつて、同標識が最高速度を指定した標識であることは認められるが、これに表示した指定速度が何キロメートルであるかの数字を確認することはできず、一方検察官の指示せる経路とする<イ><ロ>の地点を通行するときは、同標識に表示する最高速度40キロメートル毎時とする「40」の規制の文字を認め得ることが認められる。

道路標識の設置については、いかなる場合においても、これを容易に判別できる方法で設置し、かつ、その目的達成のため維持管理すべきことを本則とすべきであることは当然であるがそのいかなる場合においてもといつても、自ら限度があり、道路の状態、交通の状況等を勘案し、かつ、道路交通法ならびにその附属法令に定められた適正な運転方法を基準とし、これに依拠して運転されるものであることを前提として設置し、その維持管理を為すべきであり、これら法令の規定に従わないで運転する者もあろうことまで予測し又は考慮して、なお容易に判別できるような方法で設置又は維持管理すべきことを要するものであるとまでは解せられない。

よつて、本件阿弥陀橋交差点の範囲、交差点における車両の右折通行の方法が前示認定のとおりであるから、前示検察官の指示せる通行方法によつても、前記認定のように確認できる状態にある本件道路標識については、当時被告人が、前示のような適式な右折通行の方法、すなわち、右地点から更に約五メートル南方に進んだ道路の中心の直近の内側を徐行して右折の方法を執るならば本件道路標識を容易に判別でき得たものと認めるを相当と考える。また、被告人の当公判廷での供述によれば、前記谷在家町方面道路から本件阿弥陀橋交差点に進入する手前約四十メートルの地点で、標示板が屈曲しており指定速度の数字が見えない状態(末尾の「0」だけが見える。)であつたが速度指定の道路標識の設置があることを認めていたこと、本件交差点に進入する直前に左側路端に、環状7号線道路の北側道路通行の車両に対する最高速度を四十キロメートル毎時と指定した公安委員会の道路標識(検察官事務取扱検察事務官作成の現場写真撮影報告添付写真<1>参照)が設置されていたことを現認していたこと、また、東京都内において自動車を常時運転する者にあつては、東京都公安委員会が普通自動車の最高速度を原則として四十キロメートル毎時とする規制がなされていることは公知の事実であること、殊に、本件当時環状7号線道路は前示認定のように、その北側部分は工事未完成であつて一般の交通の用に供せられていない状況にあつて、一見して明らかに道路の幅員が狭い状態になつていたことを知り得たこと、以上諸般の事情を考え合わせると、本件道路が、北側部分と異なりその最高速度を五十キロメートル毎時と指定され得るような他の特別な事情があれば格別、そのような特段の事情が認められないのに、被告人がいうように、単に環状7号線道路のうち最高速度が五十キロメートル毎時と指定された場所が他にあつたからとの一事のみで、本件道路も最高速度が五十キロメートル毎時と指定された道路と認められたとの主張はなんら根拠のない恣意で独自の見解といわなければならず、以上の認定のように本件道路標識の標示板が前記のように一部屈曲していたとしても、自動車運転者において、前示のように法令に規定する通行方法に従えば、これを容易に判別し得るものと認められる。よつて、本件道路標識は谷在家町方面から本件交差点に進入し右折通行する場合においても、東京都公安委員会が本件道路標識をもつてした最高速度四十キロメートル毎時の指定処分は法律的効果を生じていたものと認められるので、その主張は採用できない。

法律によると、被告人の判示所為は道路交通法第六十八条、第二十二条第二項、第九条第二項、同法施行令第七条に違反し、道路交通法第百十八条第一項第三号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その所定罰金の範囲内で、被告人を罰金八千円に処し、右の罰金を完納することができないときは刑法第十八条により金五百円を一日の割合によつて換算した期間被告人を労役場に留置することとし、なお、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条一項本文によりこれを全部被告人に負担させることとする。

仍て、主文のとおり判決する。

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